大きく蘇る小さな悪事
分譲マンションやホテルを手掛けるアパグループのホテルに耐震偽装があったそうだ。
だれが悪いのか、オーナーは知っていたのかどうかは分からないが、耐震偽装はあった。
その記事が載っていた日経新聞の誌面をめくると、一面に東横インの広告があった。
東横インが中部国際空港の近くに1001室の巨大なホテルを作ったんだ。
そこでふと思った。東横インも耐震偽装だったのに立ち直りが早いな、ってね。
しかし、よく考えたら、東横インは耐震偽装ではなく違法改造だった。
バリアフリー設備を行政の検査後に違法改造によって撤去したんだ。
どちらの犯した罪が重いのかは、私にはよく分からない。
しかし、ホテル事業の存続により大きな影響を及ぼすのは、耐震偽装だ。
構造計算が誤っている以上、取り壊すか大幅な補強をしなければならない。
東横インの違法改造は、また元に戻せば事業は再開できる。
それにいつまでも世間はその程度のことなど覚えてはいない。
ただ、なにか以前に犯したということだけは記憶の片隅に残っているんだ。
そして、それを偶然、なにかのキッカケで思い出したときには、
実際に犯した罪よりもさらに大きな罪にすり替っている場合の方がきっと多いんだ。
他人の犯した悪事は、自分の欲望と同じように巨大化して目の前に現れるものだ。
たしかに、どんなに大きな罪でも、世間は3ヶ月もすれば確実に忘れる。
そんなことを覚えているほど暇ではないし、新しい事件が起きるからだ。
しかし、いくら歳月が流れたとはいえ、それをなにかのキッカケで思い出したときには、
自らが犯した罪の数倍もの大きさになって人々の記憶の中に蘇るものだと私は思った。



