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古き良き八百長


ここ最近、相撲の八百長に関するニュースばかりが目に留まる。
こう言ってはなんだが、八百長のない世界などどこにもないんだ。

絶対に八百長は、ある。この世の中に上下関係がある限り、
八百長がなくなることは、あり得ない。そして、それはいいことなんだ。

八百長を組織化すると、それを談合と呼び、
談合を広く社会に浸透させると、それが秩序となるんだ。

あうんの呼吸とか、ツーカーの仲とか当たり前のように使われたりするが、
よく考えれば、言っている内容は、八百長や談合とまったく変わらないんだ。

だから、いくら法律で厳しく取り締まったり、
マスコミで取り上げてみたところで絶対になくなりはしない。

そして、八百長にも2つの種類があるんだ。
それは積極的な八百長と消極的な八百長だ。

積極的な八百長とは、単に圧力をかけて脅したり、
金品などの報酬を与えて便宜を図ろうとするものだ。

一方、消極的な八百長とは、相手から圧力もかけられていなければ、
金品などで便宜を図るように仕向けられてもいない場合だ。

要は、こちらが勝手に手を抜いてしまう場合を消極的な八百長と言うんだ。
私の身の回りを見ても、きっとこのパターンがほとんどだと思う。

極端な例だが、プロ野球でも、引退試合の選手が最後のバッターボックスに立ったら、
ピッチャーは、きっと甘いコースを投げるはずだ。これも消極的な八百長と言える。

その程度のことは当たり前だし、かえって高い評価を受けるはずだ。
そんなものはプロ野球じゃなくても、日常生活レベルで溢れている。

それは、思いやりとか謙虚という古き良き日本のありがたい言葉に変わってね。
八百長とか談合という言葉自体が、共産党と同じように聞こえが悪いだけなんだ。

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