慣れる視力
毎日10時間以上もパソコンに向かっていると確実に視力は低下する。
ただでさえ0.1もない視力がさらに悪くなっていく。
私の利き目は左だ。
明らかに右よりも左の視力の方が勝っている。
視力というものは不思議なもので、使えば使うほどよくなっていく。
当然、利き目である左の目ばかりが優先して使われる。
すると年々、左の目と右の目の視力の差が歴然と広がってくる。
しかし、どうしても使えば使うほど消耗するという感覚が拭い去れない。
決まって、タイヤと同じように感じてしまうんだ。
タイヤは使えば使うほど磨耗する。磨かれて消耗することを磨耗と言うんだ。
しかし、視力は使わずに温めておいても温存できるどころか、
使用価値がないと勝手にみなされて日々、劣化していく。
それが中学の頃の私には本当に不思議だった。
正直、今でも不思議でならない。なぜ使うのに減らないのかが分からない。
よく考えたら、基本的に技術の向上という感覚がないらしい。
ウデを磨くという感覚がまったくないんだ。
もっと分かりやすく言えば、やればやっただけそれが上手くなるとか、
それによって自信がつくということをまったく感じないタイプだとやっと気づいた。
やればやっただけなにかを失うと本当に感じてしまう。
磨かれるどころか、自信がつくどころか、溶けてなくなってしまう。
まるでローソクの火が蝋を溶かしていくかの如く、
火を灯し続ければ蝋が削ぎ落ちていく感じが否めない。
だから、文章を文字数をいくら毎日毎日、膨大な量を書いたところで、
上手くなったとかウデが磨かれたという自信などまったく湧いては来ない。
それにそんなものを望んでもいない。
私が感じることは、慣れたということだけだ。
きっと視力も使えば使うほど、周りの景色に慣れるものなんだとふと思った。




コメント
腕を磨くとか、やればやっただけ上手くなるという頑張り屋さんじゃなく、自然体なんですね。それを天然ともいう?
投稿者: 菱佳代 | 2007年01月11日 13:09