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きっと基本は太郎と花子


ある小学校の卒業アルバムを見せてもらった。
初々しいのは大いに結構だが、その名前に驚愕した。

樹里亜ちゃん、真周人くん、紅利栖ちゃん。
ジュリアにマシュートにクリスと読むらしい。

その子どもたちの親は、本当にバカかと思った。頭の中をのぞいて見たいものだ。
私が「理茶土歯車男(リチャード・ギア男)」と言っているのとなんら変わらないんだ。

その子どもたちは、還暦を過ぎても樹里亜に真周人に紅利栖なんだ。
すっかりバケモノだろ。いくら時代が大きく変わると言っても、

樹里亜ばあちゃんが当たり前になる時代は、絶対に訪れはしない。
たしかに改名をすれば済む話だが、名前は親からの最初のプレゼントなんだ。

それを親自身のエゴでふざけた呼び名にするなど腹の底から言語道断だ。
それに最近目立つのが、漢字の音訓読みにはない呼び方の名前だ。

央美と書いて「しずか」と読む女性がいたが、
1億人に訊いたところで絶対にだれにも読めやしないんだ。

たしかに呼び方は、なんとでも自由に呼び名としてつけられるはずだが、
その子の将来を考えると、本当に私は不憫に思えて仕方がないんだ。

その年に流行った名前というのもバカバカしい話しだ。
テレビドラマの主人公の役名をつけるなど愚の骨頂だ。

私は、だれでも普通に読める名前が一番だと思う。
女の子には「子」がつくのがベストだと思っているんだ。

その名前に個性を押し付けると、その子自体がきっと萎縮して小さくなるんだ。
バカな親が自分の子どもにつまなぬ名前を付けるのは、自分に取り柄がないからなんだ。

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コメント

以前、私の知人でその頃、飛ぶ鳥も落とす勢いの、とある有名人に肖って、自分の子供にも同じ名前を付けて自慢していた人が居ました。ところが暫く経って、その有名人は自殺未遂したり、麻薬で捕まったり。その時はその人のようになって欲しいと言う願いがあってつけたのだと思うが、なんだか気の毒に思えた事を、今日に記事を読んで思い出しました。
名前と言う物は、軽率に付けてはならないな、と思いましたよ。やはり親の思いをそのまま付けて、誰が見ても読み易い名前が良いよね。人から直ぐに覚えてもらえるような。

なんか親の思い入れたっぷりな名前をよく見かけます。
そういうのは子供にはずっと続く負担になる様な気がします。
それで、私の子はなるべくフツーで当たり障りのない名前をつけたつもりです。

うちの子供は、上から読んでも下から読んでも

ところこと(所 琴)。

私も娘の学級名簿を見せてもらってのけぞった口です。で、娘に大丈夫?と聞いたら
「みんな一緒に60歳になるんだから、皆が変わった名前なので大丈夫」と言っていました。見解の相違ですね。

ちなみにうちの娘は「さくら」と「小夏」どちらも「子」はつきません。
なんせ苗字が「猪子」なので韻を踏むようで躊躇います。

安易にドラマの主人公の役名をつけるのは「愚の骨頂」にドキっ。
我が家は、「寅さん」の「さくら」と「蒲田行進曲」の「小夏」で安易そのもの。
我が娘が萎縮しないことを祈るばかりです。

「子」のつく名前がいいというのは同感です。長女が生まれたとき、
さんざんそれで揉めました。結局うちの子は、4人とも「き」がつきますけど。

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