最良の後手より改良の一手
新生児を育てられない親が、自分の赤ん坊を預けられる場所ができるそうだ。
それを「赤ちゃんポスト」と呼ぶらしい。
熊本の病院がそれを計画したことについて、
内から外から賛否が分かれたそうだ。
安部首相までもが、「大変抵抗を感じる」と述べた。
ま、そんなことは当然だ。普通の人間なら、だれでも抵抗は感じるんだ。
しかし、ないよりはあった方がいいに決まっているんだ。
実際に我が子を育てられない未熟な親がいることは事実だ。
だから、無理心中をしたり、生後間もない我が子に手をかけてしまうんだ。
面と向かってだれかに預けることができない奴だから、こうなってしまうんだ。
それを鑑みれば、「赤ちゃんポスト」は素晴らしいとは言えないまでも、
そこそこ画期的な取り組みだとは素直に思う。
疎い世間や安い政界の連中が躍起になって否定しているのは、
仕組みじゃなくて「ポスト」という呼称に違和感を感じているだけなんだ。
本末転倒だとしか言いようがない。
それに今回のことで強く思ったことは、
みんな最良(ベスト)を望んだり期待するから、なにも先に進まず改善されないんだ。
今までなかったんだから、最良ではなく改良(ベター)でまったく十分なんだと思う。
なんでもそうだが、みんな一番よい手を考え過ぎるために、
せっかくのチャンスに打つタイミングを失ってしまうんだ。
いくら考えたところで、一番よい手など絶対にない。
あるとすれば今、打った手が一番よい手なんだ。
最良を望んだり期待することは、なにもしないこととまったく同じなんだ。
まずは、改良の一手をサッサと売ってしまうことが最良への一番の近道なんだ。




コメント
ドイツには既にあったと思います。そこで預けられたおかげで助かった赤ちゃんをテレビで観ると、やっぱりあって良かった、と思いますよ。
投稿者: 小岩聖子 | 2007年02月25日 23:06
うんうん、ベストを目指してベターを繰り返せばよいのよね。
投稿者: 細田健介 | 2007年02月25日 15:35
私の信条の一つに「ベターを3回選択すれば結果的にベストへ近づける」というのがあります。
親が教えてくれた事の一つですが、最初から無理してベストを目指してもシンドイだけです。
この制度も名称変更して、罪の無い命を救えていけると良いですね。
投稿者: 八尋真理 | 2007年02月25日 13:35
何かを試行しなければ、結果は判らない。首相の発言に興味がないので読んでいませんが、名前に違和感を覚えるが、育てられない赤ちゃんをなんとかしなくては、という思いは同じだと信じたい。同じ思いが実現する対案を出せばいいだけだと思う。
でも、もしその対案が出てきたとしたら、その背景に「赤ちゃんポスト」という刺激的な啓発があったことを認めるべきだと思う。大切な問題を放置しないための戦略と考えれば、大成功なのだと思います。
ちなみに全国に「赤ちゃんポスト」ができたからといって、捨て子が増えることはないと思います。それほど、人間はバカではない。本当に食べられなくて、捨て子や水子にしてしまう時代が終ってよかったと思います。火遊びで生命を誕生させた責任は、当人にありますが、まだ、その方が救われると思うのは私だけ?
「赤ちゃんポスト」から育った子どもは絶対に幸せになるというシステムを作って欲しいと思います。
投稿者: 猪子恭治 | 2007年02月25日 11:18
新聞で目にしたときに、「ポスト」というネーミングに、とても違和感を覚えました。
今後、同様のポスト設置が全国に拡大する可能性もある。という記事を読んで、
制度としてはとても納得できても、後味の悪さを感じたのが素直な感想です。
投稿者: 竹内圭子 | 2007年02月25日 00:02