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プロを凌駕するど素人


中学校の英語の教師で、英検の準1級を取得している割合は、
およそ4人に1らしい。高校になると全体の半数が取得している。

別に先生方々が、英語など話せなくても、私はまったく構わないと思う。
英語が話せる先生が優秀なのではなく、教え方が上手い先生が優秀なんだ。

これは、別に学校だけのことではなく、ビジネスの世界でも同じことが言えると思う。
その人が、その分野で素晴らしい能力を持っている必要などまったくないと私は思う。

もっと言えば、英語なんてまったく分からない先生でもOKだと思うんだ。
私が高校時代の英語の先生は、まるで漢文でも読んでいるかのようだった。

でも、それで十分だったし、その方がなにを言っているのかが本当によく分かった。
ペラペラ喋る先生もいたが、それは単なるマスターベーションとしか思えなかった。

主役は、生徒なんだ。それをまったく分かっちゃいない。
あなたの楽しい趣味に付き合っているヒマなどないんだ。

と、高校時代の私は思ったものだ。

税金について語るのは、別に税理士でなくてもいいはずなんだ。
むしろ、税理士よりも詳しい経営者の方が世の中には多いんだ。

だから、その仕事を選んだ人は、その分野についてプロじゃない方がいいと思うんだ。
いつまでもど素人でいた方が、絶えず新鮮で、できない人間の気持ちが分かるものだ。

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コメント

介護の世界のヘルパーさんで、介護技術がとても高いのですが、利用者さんには人気のない人がいます。逆に近所のおばちゃんとしか思えないヘルパーさんが、次々とオファーがある場合もあります。

それは、専門的な技術の問題よりもその人と時間をともにする心地よさの方が利用者にとっては、はるかに重要な場合があるということです。それは、その人の人間性に関わる部分であり、そこができてからの技術なのでしょう。

先生も何かを教える前に生徒の心を掴む人間性が認められなければ、生徒の心に響く授業はできない。もっと言えば、憧れるような先生であれば、生徒は勝手に勉強するということだと思います。

一流の演奏家が、すべて一流の指導者ではないことと同じように、持っている実力や技術と、それを伝授する力とは、必ずしもイコールではないと思っています。

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