水戸黄門を理想とする悪しき社会
水戸黄門の印籠だけで触れ伏せさせる勧善懲悪をよしとする時代から、
悪いものがヒーローとなる時代が数年前までにはあった気がする。
しかし、ここにきて、やっぱり勧善懲悪を推奨する世の中になってきた感じもする。
悪いものがかっこいいと世の中の流れの中では、まずいという気になるかのように。
私は、そのことに違和感を抱かざるを得ない。
たしかに悪い奴が善であるはずはないが、
上から抑え付けるような高圧的な縦社会の風潮を大いに感じるんだ。
「これが正しい生き方です」と言わんばかりの間違った風潮なんだ。
それをカタチにした悪しき集団が、燃えないゴミのような役所等だと私は思う。
バカの一つ覚えというか猿の先ずりみたいに決まった言葉しか喋れない集団だ。
世の中の秩序を守るためには、悪いものがかっこいいとまずいと思っている連中だ。
そんなことをふと感じた。印籠のような紙切れ一枚でコトを勧めようとする集団だ。
水戸黄門とまったく変わりゃしないんだ。
あれは、理不尽で恐ろしい権力者としか私には思えない。
悪いものがヒーローだった昭和の時代の方が、
なんとなく自由だったようなそんな気がする。



