おにぎりに見る作られた真実
コンビニのおにぎりを公園のベンチで食べているサラリーマンと、
駐車場に留めた営業車の中で食べているサラリーマンを先日、見た。
どちらも同じようなおにぎりを食べてはいたが、
ベンチで食べる方はお小遣いが残り少ないから、
車の中で食べる方は忙しいからと私には見えた。
しかし、本当のところはきっと一人で食べに行くのが面倒なだけなんだ。
同じコンビニのおにぎりを食べるにしても、シチュエーションを変えるだけで、
まったく事実とは異なるストーリーが勝手にこちら側に生まれてしまうものだ。
だから、簡単なカムフラージュだけで相手をごまかすことなど容易だとそのとき思った。
決して自分は変わる必要などなく、場所や置かれた場面を少しズラすだけでOKなんだ。
私は、ある一つの場面で3人の人間が同じように思ったことが世間の真実だと思っている。
逆に言えば、ウソでもやり方一つで世の中では真実になることは容易なことだと思うんだ。
揺るぎがたい真実や絵に描いたような立派な誠意が世間から評価されるのではなくて、
見せる場所、見られる場面だけが他人の心を動かすのだとおにぎりを見てそう思った。




コメント
“人は見掛けじゃない”…とは言っても、実際は取合えず見掛けで決めちゃいますよね。だって出会った人全てに考え方や生い立ちをインタビューするわけじゃないですから仕方ありません。その上、第一印象からの判断って結構アテになったりします。でも、人じゃなくて見かけた光景からの印象ってアテにならない様に思います。
投稿者: 中田龍一郎 | 2007年03月20日 11:48
そう考えると「世の中のほとんどの事が捏造というか、でっち上げなのかな?」って思えてきます。
何を信じて何を疑えばいいのか分からなくなります。そういう自分も忙しい振りして車を運転しながらおにぎりを頬張ることが多々ありますが。。。
投稿者: 上村健司 | 2007年03月20日 07:27