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最後は自分で決着をつけるしかない


今日は、長女が受験した高校の合格発表があった。
高校はどこでもよかったが、とにかくホッとした。

私は、改めて受験で得るものはないと痛感した。
それと同様に中学の教師の無知さも思い知った。

娘が受験した高校は、公立の高校で事前の模試では楽勝に受かる高校だった。
しかし、中学の担任は、一つランクを下げた公立高校を受けた方がいいと言った。

その理由は、その高校は女子よりも男子を欲しがっているというお話だった。
それを娘が通う塾の先生に伝えたら「一体、何年前の話なの?」と呆れていた。

通った高校で人生が決まったり変わったりするとは決して思わないが、
決まったり変わったりするキッカケになる可能性は少しはあると思う。

それなのに、あまりに世間を知らないというか、無知過ぎる教師に腹が立った。
教師や警官などが、一般の社会を知らないのはよく理解できる。バカだからだ。

しかし、生徒が進むべき高校の現状を知らないというのは、
冗談でもシャレでもまったくお話にはならない。

受け持った生徒の将来のためを思って言っているのではなくて、
自分たちが無難な仕事をしたいがために言っているだけなんだ。

本当に呆れてものも言えない。しかし、担任一人のせいだけではない。
先生方が揃って、生徒一人一人がどこの学校に受かるのか打ち合わせをしているんだ。

要は、学校ぐるみで無難な方へ無難な方へと矛先を変えているんだ。
それくらいだったら、受けて落ちた方がまだ人生の糧になるはずだと私は思う。

きっと自分の進むべき方向は、身近な担任になど訊くべきものではないんだ。
それにもっと外れたことを言うのが、肉親だ。自分で決着をつけるしかない。

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コメント

受験って、子どもが生まれて初めて人生をかけて(?)闘う場のようになっているので、
親も子どもも、先生の一言で迷わせられてしまいますよね。
自分が当事者の時はよく分かってなかったことも、大人になってみれば色々見えてくるので、自分の子の受験時には多分うろたえることはないと思っております。
塾の先生の方が頼りになる、っていうのは、変な世の中ですね。

奥さんにそっくりだろう美人のお嬢さんの合格おめでとう!

お嬢さまの合格、おめでとうございます。

合格圏内にいるのなら、とうぜん受験すべきですね。
進学したいと思う気持ちがあるからこそ、数年間の受験勉強にも耐えられるのですから。

娘の高校受験では、私立が第一志望だったので
滑り止めに思いっきり安全圏の公立高校を勧められました。

偏差値だけではじき出された高校に、進学する意味をまったく感じなかったので、
本命一校のみの受験でした。

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