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本当の勝負 ~無益な裁判


私が死ぬまでに一度も経験しないであろうと思う一つに、裁判がある。
こちらから訴えなくとも訴えられる可能性は否めないが、そのときは和解する。

たとえ、こちらにまったく否がなくても、それが明らかに証明できないのであれば、
1時間でも早く和解した方がきっと自分のためだと確信する。

槇原敬之と松本零士が、泥沼のような状態になっているが、
なにを目指しているのかが、私にはまったく分からないんだ。

きっと名誉とかプライドとかの類だと思うが、
裁判で戦って勝ったところで時間は戻らない。

名誉やプライドやお金よりも時間の方が大切だと私は思う。
たとえ、なにも犯していないのに有罪になったとしても、

それはそれとして済ませばいいだけなんだ。
無罪であることを見事に立証してみたところで、

貴重な時間はもう戻らないんだ。ならば、無罪の罪を背負ったまま、
残りの時間を自分のために生き抜いた方が、まだマシだと私は思う。

汚名を着させられたところで、自分が自分を信じていればコトは足りる。
名誉を取り戻したり、賠償金をもらったところで、時間が過ぎるだけだ。

勝負はこの世だと腹の底から分かっている奴は、
勝ち負けなどには一切、興味がないはずなんだ。

裁判とか出世とか、相手があるものはきっと勝負ではないんだ。
いかに自分の時間を確保できるかが、本当の勝負だと私は思う。

どんな奴にも必ず寿命があるんだから。

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コメント

まったくもって裁判をする事にどんな意味があるのでしょうか?人間、地位と名誉を手に入れると全て自分が正しいと錯覚してしまうんでしょうね。クソみたいなプライドの為に戦ってるんでしょうけど醜いだけですね。

オレにも分からん。あの言葉のどこにオリジナリティがあるのも分からんし、
だいたい言葉そのものに権利とか発生すること自体がヘンなんだ。ま、見てて情けないね。
チイセェなぁって思われるし、少なくともいい大人がやることではない。よね。

槇原敬之と松本零士は二人とも、世間で言うところの「成功」を手に入れたつもりだから、
もはや時間をムダにしている感覚などないのでしょう。今、この瞬間、
何かに打ち込んでいれば、とても裁判にカネと時間をかける余裕なんてありません。

でも哀しいかな、当人は大マジメなんです。それを変える術はありません。彼らを応援したいなら、彼らが時間をムダにしてきたことに氣づくまで見守ってあげましょう。

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