私説
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2007年04月30日

癒される2人


私は、ふらっと気分転換に近くの三洋堂書店まで立ち読みに出掛けた。
カンヅメ状態で仕事をしていると、本の背表紙がなによりの薬になる。

目に見えない不安とか焦りのようなものが、
大量の背表紙によって払拭される気がする。

そこで私が手にした2冊の本が、船井幸雄と長谷川慶太郎のそれだ。
私は、十数年前からこの2人が執筆する本に必ず目を通すことにしている。

毎年、彼らはこの1年の景気とか世の中の流れを予言する本を執筆している。
そして、当たったタメシがないんだ。

それなのに、十数年が経った今でもズッと売れ続けているのが不思議でならない。
どれだけ外れても「今年こそは」という気持ちで私たちは手にとってしまうんだ。

ま、そのやり方が一番楽でいいような気もする。
外れたところで1年後にしか結果は分からない。

そして、その頃には新しい予言本をすでに書き終えたところなんだ。
その繰り返しが、延々と終りのないスパイラルのように続くんだ。

なんとなく疲れたときやほんの少しのやるせなさがあるときに、
この2人の本を手にすると、世の中は甘いと自信が湧いてくる。



2007年04月29日

バカな親と子どもの悲劇


私の自宅から岐阜駅までの間は、歩いてわずか15分程度だが、
その間によく見かけるバカが、子どもを自転車の前と後ろに乗せて走る母親だ。

自殺行為と言うよりも、自分の子どもがどうなってもいいのかと思ってしまう。

親と自転車に同乗して転倒などでけがをした6歳未満の子どもの数が、
2000年から毎年2000人を超えている事実がある機関の調査で分かった。

ほとんどの子どもたちはヘルメットを被ってないらしい。
ほんの少しの距離を走るにしても、転ぶときは同じなんだ。

さらにひどい光景は、車の運転をする若い母親が、
わが子を膝の上に置いてハンドルを握っている姿だ。

真夏のパチンコ屋の駐車場に放置した車の中に、
幼児を置き去りにするのと同じくらい危険だと思う。

きっと可愛い子どもだからだとは思うが、
それによってケガをするのは可愛い子どもだ。

周りから見れば、子どもを自分のエアバッグ代わりに使っているとしか見えないんだ。
私は、大丈夫!というなんの根拠もない自信による犠牲者は、絶えず弱い子どもなんだ。



2007年04月28日

すでに終わった高島屋


高島屋は、東京の立川店などで静かにショッピングを楽しみたいという客に、
店員が声かけを控えるサービスを始めた。

それを希望する客には、店内に用意したカードを首にかけてもらい、
店員からは話しかけないようにする仕組みだ。

立川店では、利用した客はまだ少ないが、反応は上々みたいだ。

しかし、それを見なければ、客がなにを望んでいるのかが分からない店員では終りだ。
自分のフロアの客が、話しかけて欲しいと思っているのか否かが分からないようでは、

絶対に商品など売れはしない。

第一、客にそんなカードを首からかけさせること自体を、
恥ずかしいと思わない高島屋はすでに終わっているんだ。

ポチじゃないんだから。

立川店の他にそれをやっている情けないもう1店舗が、岐阜店なんだ。
連休が明けて混雑が過ぎた辺りにポチになって様子でも伺ってみるか。



2007年04月27日

ミジメなマスターベーション


私は、毎月ほんの少しずつだが、寄付をしている。
ある機関の銀行口座に月中に振り込んでいるんだ。

今までは、それがどこでどのように使われているかなど考えもしなかった。
きっと恵まれない人々の役に立っているのであろうとしか思っていなかった。

しかし、よく考えると、それは単なる自己満足にしか過ぎないと私は思った。
寄付をしている自分に、なにかしら責任を果たしていると思い込ませているだけだと思った。

極端な話、それがまったくの振り込め詐欺のような機関であって、
私の少しの寄付が間違ったことに使われているかも知れない。

それでも自分はだれかに寄付をしているからと満足するのは、いかにも滑稽だと思った。
ただしておけばいいということは、なにもしないのとまったく同じだと思った。

いくら自分の中で満足ができることであっても、
徒労に終わってしまうことは、やってはいけないと思う。

それをテレビの寄付に関するCMを観ながら、ふとそう思った。



2007年04月26日

大切なお金


ふと思ったんだが、円という通貨は日本独自のものだ。
世界中の多くの国では、ドルやユーロなどが使われる。

そう思うと円をもっと大切にしなければ、という気にもなる。
しかし、最近では電子マネーが続々と登場してき出した。

Suicaなどもその一つだが、スーパーのイオンやコンビニのセブンイレブンでも、
独自の電子マネーを開発し、発行にいたったようだ。

ま、クレジットカードもそれに近いといえば近いが、
スーパーやコンビニでの買い物まで無銭になると、ちょっと寂しくも感じる。

それに、お金に対する価値観が非常に薄れると危惧もしたくなる。
100円玉を5枚並べて買うのとカード1枚で買う違いは、かなり大きいと私は思う。

ネット上で簡単に決済できる仕組みも本当に便利だとは思うが、
財布から現金を取り出してこそ、有り難味が分かることもある。

私は子どもと人生ゲームをたまにやるが、ものを売買するときに使うのは紙のお金だ。
ルーレットを回しながら、すべての決済をカードでやっても面白くも有り難味もない。



2007年04月25日

日本人ならコメを食え!


また無酸素状態に近い首都圏で外来種であるドーナツ戦争が始まっているらしい。
随分前にダンキンドーナツが撤退して以来、ミスタードーナツの独壇場だったが、

昨年12月にアメリカの「クリスピー・クリーム・ドーナツ」の日本1号店が、
東京・新宿駅近くに開店した。平日でも1時間待ちの大行列ができるらしい。

その他にも1皿1000円以上のドーナツを提供するショップが、
首都圏を中心に冬眠から目覚めた春の蛙のように湧いて出てきた。

日本人ならコメを食え!

日本の農家は、理不尽な減反政策のために休耕田にせざるを得ない状態なんだ。
せっかくコメを作る田んぼがあるのに、作ってはいけないと国から言われるんだ。

また、一生懸命に作った分のコメをJAに持って行ったところで、
まったく労働の対価に見合わない僅かな賃金にしかならないんだ。

なのに、海の向こうからは砂糖にまぶしたパンがやって来るんだ。
しかも、派手に正々堂々と。琵琶湖に放流されたブラックバスと同じだ。

それは、おかしいだろ!と常識的な人間なら普通は思うはずだ。
この際、ドーナツなど一切、食わずにコメばっか食う運動でもすればいいんだ。

作れなければ別だが、作れる田んぼが目の前にいっぱい眠っているんだ。
ま、なにがあってもコメさえ豊富にあれば、日本人なら生きてはいける。



2007年04月24日

頭の中が発酵している保健所の保菌者


私の友人のお店で、食中毒の症状を発症した数人のお客さんがいた。
共通の食事場所が、そのお店だけということで、食中毒と断定された。

その結果、3日間の営業停止処分となってしまった。
地元の新聞には、でかでかと名前が載ってしまった。

しかし、そのお店は保健所も驚くほどのキレイな厨房なんだ。

保健所は「原因菌が発見されようとなかろうと、お宅の食事しか共通食がない」と、
訳の分からない理由で、一方的にそのお店に非があると面と向かって言い切った。

お客さんが菌を持ち込んだ可能性も否めないと奴らは言った。
しかし、それでも施設の管理者が悪いとバカなことも言った。

保健所は「スーパーでは、お刺身にも直接食料用エタノールを噴霧していますよ。
だから、魚屋さんのお刺身よりもまずいでしょ」と平然として言った。バカ面で。

すると「今にそれが普通になる世の中になりますよ。
だって、人間自体が菌の抵抗力が落ちてますから」とさらにバカ面で続けた。

結局、いくら調査をしても、そのお店の中には菌がまったく発見されなかった。
共通の菌が出て食中毒になるのではなくて、お客の口だけでなってしまうんだ。

私の友人は「冤罪ではないか!」とバカ面の保健所の職員どもに言ったら、 
笑いながら「どうぞ不服申し立てでも行政訴訟でもして下さい」と答えた。
 
「仮にひっくり返ったとしても謝りませんし、新聞報道もしません。ま、あり得ません」と。
その態度がまったくもって気に食わないんだ。

お前たちの頭の中には2~3cmくらいの菌が増殖しているんじゃないかと叫びたいくらいだ。
警察でも役所でも保健所でもみんなそうだ。謝らないし謝っちゃいけないと思っているんだ。

まず、人間として許し難い行為というか、態度だ。
立場として謝ってはいけないことは理解できても、

「冤罪ではないか!」と言い寄った友人に対する態度が人の道からズレてんだ。
頭の中から発酵して腐ってんだ。琵琶湖の鮒寿司よりも発酵し切っているんだ。

このゴキブリ以下が。

こんなことがまかり通れば、悪意の第三者がどっかの店を潰そうと企てて、
数人で「腹がいたい」と病院に駆け込めば、その店は確実に潰れるはずだ。

しかし、それを助長している諸悪の根源は、人の道から外れた保健所の職員たちだ。



2007年04月23日

とりあえずなにもできない無難な奴ら


昨日、岐阜の市会議員選挙が終わった。
今日からやっと元の平穏な日々が始まった。

昨日までは、訳の分からないことを連呼した選挙カーが街中を走り回り、
岐阜市民の平穏な日々を朝の9時から暗くなるまでぶち壊していたんだ。

とにかくやかましくて害虫としか思えなかった。
私が投票したのは、その中でも一番害の少なそうな奴だ。

市民の平穏と街の静寂をぶち壊す奴らなど害虫と同じようなものなんだ。
特に我が家の前に車を止めて演説をかましていた厚化粧にはキレかけた。

首都圏では、ノー選挙カーという制度を設けた候補者がいたらしいが、
実に賢明な方々だと心の底から深く感心をしてしまった。

あれが騒音だというのは、全国レベルで周知の事実なんだ。
選挙カーで通り過ぎたところで、なんの効果もないどころか、

かえって悪い印象を市民に振りまくだけに過ぎないんだ。
そんな小学生でも分かることを理解できないバカに、私は絶対に票など投じない。

それに市民を代表する奴は、なにかをするのではなくて、
まったくなにもしない害の少ない無難な奴が一番なんだ。

なにかをする奴は、いいこともするが、
その次にきっと悪いこともするはずだ。

とりあえず市民の平穏も街の静寂もぶち壊せない無難な奴が、
それなりに頑張ってくれさえすれば、きっと私は満足できる。



2007年04月22日

野垂れ死にするまで十字架を背負え!


今、抑えようのない激しい怒りに全身が震えている。

今日、特急電車の中で女性に暴行したとして、一人のゲス野郎が強姦容疑で逮捕された。
私は、それに激しく怒っている訳ではない。当然、そのゲス野郎はゾウリムシ以下だが、

それと同じくらい、いや、もっとゲスな生物にさえも値しない連中がそこにいたんだ。
犯行は、乗客の目の前で行われていたが、だれも制止したり通報したりはしなかった。

1時間以上にわたり、特急電車の車内で女性の隣に座り「大声出すな、殺すぞ」と脅迫し、
胸などをさわった後、車内の洗面所とトイレで乱暴したらしい。ま、聞くに堪え難い話だ。

それほどまでにひどい状況なのに、だれもそれを止めようとしないどころか、
通報さえもしなかったんだ。要は、主犯がどっちだか分かったものじゃない。

良識を疑う以前の問題だと思うと同時に、情けないのを通り越してしまった。
正直、この記事を目にしたときに「日本で?」と自分の目を疑ったくらいだ。

ある者に犯罪をそそのかす奴を教唆犯といって、
そいつは、実際に手を下した奴よりも罪は重い。

だから、私には周りの連中が教唆犯に思えてしまうんだ。
きっと被害者の身内は、必ずそいつらを恨むに違いない。

一本一本、指の爪を順番に剥がしても怒りが治まらないと思う。
本当に情けない。それ以上の言葉が出ないほど本当に情けない。

見て見ぬふりも立派な不作為の犯罪だ。

私は、電車の中でケータイで喋っている奴のケータイを取り上げて、
床に叩きつけて踏み潰したことがあるが、それは少々、やり過ぎた。

自分の目の前で乱暴されている女性を見殺しにするゲス野郎など死んでもらいたいものだ。
しかし、奴らはすでに死んでいる。なにがあっても見殺しにした自分とは道連れだからだ。

ま、野垂れ死にするまで、鉄の十字架を背負うこった。



2007年04月21日

女はそれを我慢できない


女性は起業に向けてのフットワークが軽い反面、
廃業する割合も男性の2倍高いことが分かった。

厚生労働省がまとめた「働く女性の実情2006年版」で分かった。

また起業希望者と実際に新規開業した人の比率をみると、
男性の13.0%に対し女性は26.8%となっており、女性の実現率の方が高いんだ。

がしかし、事業を継続するのは容易ではなく、
廃業率は2割以上と男性の約2倍になっている。

これらを踏まえて考えると、女性は自分の描いた夢に突進するだけのバイタリティはあるが、
それを続けるだけのエネルギーがちょっと足らないようだ。また、そのための知識も少ない。

起業したいとか、始めてみたいという想いの方が、随分と優先しているように思える。
それに比べて男性の方は、あまりに慎重になり過ぎて結局、起業せずに終わる人が多い。

その分、起業するための準備が整った男性は、
長く続けるだけのエネルギーと知識はきっと備わっている。

ま、どちらがいいかは分からないが、私の身の回りの環境からすると、
まだまだ女性の起業家にとっては、不利な条件がたくさんあると思う。

男性だったらいいよね!という制度がたくさんあると思う。
社会全体がそのようなシステムになっているために、

仕方のないことと言ってしまえば、それまでだ。
だから、女性はそれをムキになって打破とか改正しようと頑張るんだ。

きっと「起業したい」とか、「始めてみたい」という想いの他に、
「制度を変えてみたい、打ち破りたい」という想いも強いと思う。

当然、男性にはそのような想いは絶対にあり得ない。
だから、女性の起業へ向かうフットワークが軽くて、

長く続かない、続けられない原因の一つがそこにあると思う。
自分のことだけを考えて興せばきっと上手く行くはずなのに。



2007年04月20日

身を売らない限り会社は存続し得ない


楽天がTBSの株を買い増して、自社の持ち株比率を20%にするとか、
HOYAがペンタックスにTOB(株主公開買い付け)交渉をすると言った。

ま、どっちにしても大企業の株にまつわる話が本当に多いんだ。
そこで、いつも私が思うことが、なぜ上場をするのか?ということだ。

それほどまでに買収をされたくないのなら、
上場などせずにワンマンでやればいいんだ。

株式を公開するということは、株を発行して広く資金を集めることができるということだ。
しかし、それを裏返せば、キャッシュを積まれたなら、嫌でもすべてを失うということだ。

そんなことは、社会人ならだれでも知っていることなのに、
いざとなったら右往左往する大企業が、みっともなくて仕方がないんだ。

楽天がTBSの株を買い増ししようとするだけで、
どういう訳か血も涙もない乗っ取りと勘違いをされる。

しかし、それが資本主義というものだし上場企業の宿命だと私は思う。
それが嫌なら、未上場のまま社長がワンマンで踏ん反り返ってやればいい。

それに不思議なのは、ダメな会社がいい会社に買収されると、
多くの場合、もっといい会社になるということだ。

株式会社である以上、いつかは失うことを前提に考えることが当然だと私は思う。
会社が会社として存続し続けるためには、きっとだれかに身を売るしかないんだ。



2007年04月19日

手の中のジャパニーズ・ドリーム


イラクの首都バグダッドの中心部で起きた自動車爆弾テロの死者は140人で、
負傷者は150人にも達した。

また先日、アメリカのバージニア工科大学では、
32人が銃の乱射によって射殺された。

聞くに堪えない話だが、それが事実であり、
その度に日本に生まれ日本で育って本当によかったと思う。

たしかに、昔ほど日本も安全ではないが、世界中を見渡してみても、
食うに困らず安心して暮らせるトップレベルの国だと思う。

政治家が優柔不断でほとほと情けなく映るが、
独裁政治に比べれば、この上なく安定した国だと私は思う。

とにかく日本に生まれて日本で暮らすだけで、
100の内の70までは手に入れたも同然なんだ。

申し訳ないが、爆弾テロが日常化する国や、街の店頭で銃器を販売する国に比べれば、
なにも努力を一切せずとも、日本人というだけで大成功だと心から確信し感謝をしている。

今、こうしている間にも、アフリカでは何百何千もの人々が飢えで亡くなっているし、
銃の弾に怯えながら夜も眠れない人々が、数え切れないほどたくさんいるはずなんだ。

それを思うと、自分の身の回りのつまらぬ悩みや些細な出来事が、
本当にちっぽけで、どうでもいいことのように思えて仕方がないんだ。

今、ここにいることに大いに満足すべきだし、世界の平和を祈る前に、
それぞれが自分の身を守ることを優先すべきだと私はつくづく思った。



2007年04月18日

諸外国に見るデブとヤセ


太っている女性こそ美人の目安とされていたアフリカ西部の国モーリタニアでも、
政府が肥満撲滅キャンペーンに乗り出した。

アラブの国々では、太った女性は夫の富裕度を示す尺度とされているらしく、
モーリタニアでは、幼いころから吐くほどに強制して食べさせる慣習がある。

しかし、そんな慣習があっても肥満による弊害の方が大きいようだ。
まぁ、当然、吐くほどに食べさせられて健康である訳はないのだが、

私が面白いと思ったのは、その特殊な美的感覚だ。
健康を害さなければ、太っていた方が美しいと思う感覚がおかしかった。

たしかに、暑苦しいほどに太った女性もなんだが、
過剰に痩せ過ぎている女性の方が醜いと私は思う。

40歳を過ぎて痩せていると、貧乏臭いんだ。

痩せ過ぎのファッションモデルの使用を禁止する国もあれば、
太り過ぎを是正するモーリタニアのような国もあるから面白い。

どちらにしても、平和だから話題になる記事だと私は思った。



2007年04月17日

盗むなら缶詰ではなくて1億2000万円


落語家でタレントの林家正蔵が、東京国税局の調査を受けて、
襲名披露で受け取った祝儀の一部を申告していなかったことが明らかとなった。

自宅の地下部屋から中身の入っていない大量の祝儀袋が発見され、
それによって所得隠しが発覚した。

悪質な所得隠しだ。申告漏れとされたのは、過去3年間で約1億2000万円に上り、
その内、隠ぺい行為を伴う所得隠しは、約2200万円となった。

しかし、こいつは故意ではなくうっかりミスであることを強調した。
小学生が常識で考えてみても、「故意」しか選択肢は絶対にない。

おまけに「すべて税理士にまかせている」などとみっともない言い訳ばかりしている。
税理士にまかせているなら、自宅の地下から空の祝儀袋が出てくる訳がないはずだ。

いくら払えばトカゲの尻尾になってくれるのかは分からないが、
政治家の秘書と同じく落語家の税理士がトカゲの尻尾となった。

1億2000万円の窃盗と同じことだ。
うっかりかちゃっかりかは知らないが、

申告漏れ、ましてや所得隠しは、
詐欺や窃盗となんら変わりはしないんだ。

うっかりやちゃっかりで済まされる訳がない。
スーパーで万引きして「ついうっかり…」と言うのとまったく同じだ。

きっと三平も草葉の陰で泣いているはずだ。
これほどまでにも能がないバカ息子だから。

食うに困ってスーパーにある缶詰を自分の手さげ袋の中に入れたら罪になるが、
自宅の地下に1億2000万円を隠して、税理士のせいにしたら罪が軽くなる。

どう考えてもまったく理不尽だと、まともな日本人なら思うはずだ。
まぁ、どちらにしても親の七光りをキレイに消したバカだと思った。



2007年04月16日

バカ田大学以下の能がない大学


今、学部や学科の名称にカタカナをつける大学が増えている。
駒沢大学では、グローバル・メディア・スタディーズ学部などというものがある。

一体、なにを教えている学部なのだろうか。

たしかに、学問の範囲が広がって日本語では表現し難くはなっているものの、
それを読んでもなにを教えるのかが分からない学部の存在など、みっともないだけだ。

少子化対策としてカタカナにしてかっこよく見せている大学もあるそうだが、
そんなもので生徒を釣ろうとする無能な大学なら潰れた方がまだマシだし、

そんなものに釣られる生徒に、ろくな奴など絶対にいない。
見せるポイントが思いっ切りズレているんだ。バカだから。

たしかに、時代と共に言葉や表現は変わるものだし、変わった方がいいとは思うが、
それは単に漢字を安いカタカナに変換すればいいってものじゃないんだ。

間違いなくカタカナやアルファベットに媚びへつらっているだけだ。
バカボンのパパが卒業したバカ田大学には、きっとないと思うんだ。

いくら凝った名前をつけたところで、内容がまったく伴わなければ、
かえって恥ずかしい思いをするだけだし、おそらくは伴っていない。

所詮、その程度のことしか考えつかないバカだから。
小学生でも考えない恥ずかしいことは一切、やるなと私は言いたい。



2007年04月15日

トランプとゲーム機の違いが分からぬバカ社長


任天堂のゲーム機「Wii」の国内での推計累計販売台数が、200万台を超えたらしい。
昨年度の家庭用ゲーム機市場は、前年度よりも84.5%アップの3017億円となった。

ま、我が家にはまったく関係のない話だが。
私は、ゲーム機は当然のこと、テレビさえも要らないと思っているくらいだ。

しかし、ゲーム機で遊ぶことがどうのこうのではなくて、
任天堂の躍進というか脱皮が非常に面白いと私は思った。

私が小学生の頃の任天堂は、有名なトランプ屋さんだった。
会社の規模など知る由もなかったが、トランプの会社だった。

それが今では、世界レベルのゲーム機メーカーとなって、
昔は紙切れのような株も、今では手が届かない高値で安定している。

なにをどうすればそうなるのかは分からないが、
今の仕事をズッと信じて続けていったところで、

きっと先はないということが、これでよく分かる。
今の仕事なんて10年後には存在しないんだ。

それを今、分かっている会社だけが生き残れると、任天堂を見ていて私は思った。
しかし、今の好景気が、自分の会社だけ未来永劫に続くと思っているバカが多いんだ。

トランプがゲーム機になった事実を目の当たりにしても、
まったく理解できないようなバカな社長に明日は、ない。



2007年04月14日

学歴詐称は大いに結構!


自分を実際よりよく見せようと偽ることは許されないが、
自分を実際より悪く見せようと偽っても許されないらしい。

大阪市職員の中で400人以上が、大卒や短大卒の学歴なのに「高校卒」と偽って、
受験資格が高卒以下に限定されている職種で採用されていたことが判明した。

私は、別になにも問題はないと思うのだが、いかがなものか。
たしかに、本来の「高校卒」が採用試験に受からなかったものの、

業務になにも支障がなければ、かえってよい人材なのではないかと思う。
しかも、自分を過小に申告してまで手に入れたポストだから、きっと頑張るはずだ。

市の職員や政治家の学歴の詐称など、まったく問題にする必要も暇もないと私は思う。
立派な学校を出ている役人や政治家の方が、ろくな仕事もしない外見だけの奴が多い。

自分を悪意をもって大きく見せようとすることは非難されても、
自分を小さく見せることなら許してあげてもいいのではないか。

要は、今のその人がいいか悪いかだけの問題であって、
採用したときに偽りがあったかどうかを遡って調べてもなにも意味はない。

自分を小さく見せる辛さに耐えられる奴は、
おそらくいい仕事をするはずだと私は思う。



2007年04月13日

取り返しのつかない「そのうち」


今日は、JRに乗って名古屋へと向かった。

その車中でのことだが、一人の男が延々と携帯電話で喋っていた。
私とは少し距離があったので、大して気にはならなかった。

50歳くらいのスーツ姿のその男は、
声を潜めながら窓に向かって喋っていた。

すると、一人の男子高校生が近づくと「電話を切って下さい」と言った。
その50歳くらいの男は一瞬、驚いたように目を見開いたままだった。

実に小気味がいいと感じたシーンだったが、
それと同時に自分が恥ずかしく思った。

いくら距離があるとは言っても、それを見過ごしていた自分が恥ずかしいと思った。
しかも、学生服を着た高校生が注意をするのに、それを黙って見過ごしてしまった。

私と同様に、その高校生の周りにいた大人たちもバツが悪い顔をしていた。
だから、みんな自分が恥ずかしいことをしたと思っているに違いないんだ。

なにもしないということは、恥ずかしい行為をしたと同じことだと私は思う。
きっと「放って置けば、そのうち切るだろう」とみんな思ったに違いないんだ。

しかし、目の前の「そのうち」は、20分近くも続いた。身の回りにある「そのうち」は、
早く手を打たないと取り返しのつかないことになると、今日の事件に遭遇して私は思った。



2007年04月12日

幻になりそうな大きな会社


今日も間違い電話があった。
昨日も間違い電話があった。

2本とも同じ会社だと勘違いをして電話を掛けてきた。
ま、UCC珈琲だけどね。

私たちが今の電話番号を取得する前に、それを使っていたのがUCC珈琲だ。
しかし、それは9年以上も昔のことだ。

その当時は、毎日のように「カワイさんを出してくれ」と掛かってきた。
いい加減に腹が立ったので、私はUCC珈琲にクレームの電話を掛けた。

どうやら自動販売機には、今私たちが使っている電話番号が貼ってあるようだった。
私は「いい加減にシールを貼り替えたらどうなんだ?」と言った。

それから9年が経っても、変わらぬこの状態なんだ。
今朝の新聞には、UCC珈琲が「幻のコーヒー」を販売すると書かれてあった。

かなり高価な幻のコーヒーを販売するそうだが、私からすれば、
自社の電話番号の管理もできない幼稚な会社としか思えない。

新聞を眺めながら、会社自体が幻にならなければいいと私は思った。



2007年04月11日

缶コーヒーの想い出


今日は、車でちょっと遠くまで出かけた。
私は、その道中にあったコンビニに寄った。

すると、かなりの種類の缶コーヒーを目にした。
コンビニにはときどき入るが、あまり商品を観察したことはない。

いつもは、目的の商品を手にするとサッサとレジへと向かってしまう。
「缶コーヒーって、こんなにあるのか…」と不思議な気分になってしまった。

缶コーヒーは、砂糖のかたまりとか体に悪いとか言われているが、
サラリーマンの頃から仕事には欠かせない必須のアイテムだった。

お客さんとの間にそれを置いたり、なにももてなすことができなかったときには、
「熱いの?冷たいの?」と訊いては、近くの自動販売機まで買いに行ったものだ。

寒い冬に、お客さんの会社へ駆け込んだときに両手で抱えた熱い缶コーヒーや、
暑い夏に、お客さんからもらった冷たい缶コーヒーは、本当に嬉しいものだった。

その時代の缶コーヒーは、ほとんどが同じような種類ばかりだったが、
今日のコンビニで目の当たりにした缶コーヒーは、実に多くの種類があった。

何気なく入ったコンビニで、ふと感じた些細なことだった。
たまには意識をして、目を凝らしても面白いと私は思った。



2007年04月10日

選ばれるのは、見映えの善し悪し


先日、統一地方選の前半戦の結果が出た。
まずは予想されたとおりの無難な結果だと思う。

当選した知事と市長たちを見て思ったことは、
見映えがいい奴らが多いということだ。

決して美男美女ということではない。
見映えがいいということだ。

例えば、東京都知事の石原慎太郎を見ても、実に見映えがいいと私は思う。
自身のサイト上に記者会見の動画があるが、終わりまで見入ってしまった。

見映えがいいということは、身の回りの人間を惹きつけるパワーがあるということだ。
逆にびしょったらしくてしょっぱいような人間は、箸にも棒にも引っ掛からないんだ。

申し訳ないが、マニフェストで決めるような有権者は絶対的に少ないはずだ。
理屈ではなく、汚い奴とか下品な奴には、間違ってもだれも近づきはしない。

言葉で伝えるよりも見た目で訴えた方が、きっと威力はあると確信した選挙だった。
ビジネスでもスーツや靴や髪型に無頓着な奴は、確実に出世はできないと私は思う。



2007年04月09日

入学式の率直な感想


今日は、高校の入学式に行った。
非常に疲れたが、一つ二つ感じたことがあった。

まずは、とにかく上級生たちの態度や振る舞いがよかったことだ。
男子も女子も挨拶がしっかりできて、実に清々しく感じたものだ。

一般的な高校生のイメージとは、大きくかけ離れていたことを嬉しく思った。
それに先生方の強固な姿勢が、なんとなく目に頼もしく映ったりもした。

もう一つ強く感じたことは、その先生方の話の上手さだった。
延べで10人近くの先生方が次々と壇上で話をしたが、

どの先生も、そこはかとなく面白いんだ。
必ずどこかに笑えるオチを入れたり、強弱をつけたりと賢明に話していた。

正直、捨てたもんじゃないと思ったくらいだった。
そこで、どうして面白いのかを私なりに考えた。

結論は、例え話が多いからだと思った。
あることを説明するのに、ある例え話を必ず引用した。

すると、それが目の前に映像化されて現れると感じた。
それらの話し方は、決して上手いとは言えないものの、

朴訥とした柔らかい印象の中に、例え話が大いに光った。
最も面白くなかったのは、来賓として壇上に立った岐阜市長の数分間だった。

それまでの義務教育とは、先生方のレベルもまったく違うものだと私は感心した。
まだまだ捨てたもんじゃないと思うと、ちょっと嬉しくなった。



2007年04月08日

長蛇に並ぶ人、長蛇を作る人


ドイツのベルリン動物園で、生後4ヶ月のシロクマの赤ちゃんが人気だそうだ。
愛くるしいその姿を一目見ようと、動物園には長蛇の列ができているらしい。

と、ここまで書いたものの、その話の内容にはまったく興味はない。
私が興味を持ったのは、ドイツ人が動物園の前に並んだということだ。

その記事には、ドイツでは店の前などに人が並ぶのは比較的珍しい光景だと書いてある。
やはり良識のあるドイツの人々は、わざわざ長蛇の列に並ぶことは少ないと私は思った。

世の中に、わざわざ並んでまで欲しいものなどなにもない。
それどころか、日本人は欲しくもないのに並ぶ人種だと思う。

大衆が列を成していると、それに従う習性をDNAレベルで持っている。
それに並ぶ目的も必要性もまったくないはずなのに。

ブームに乗ったり従うことには慣れてはいるが、
ブームを作り出すことには能がないと私は思う。

私は、長蛇の列に並んでいる小さな奴等を見ると、変な優越感に駆られるんだ。
一事が万事。なにかに、だれかに従わなきゃ生きていけない奴等は長蛇に並ぶ。



2007年04月07日

「塾」にも「会」にも行きたくはない


小中学校の頃、嫌々ながらも学習塾に通った経験がある。
だから、できれば二度と塾には行きたいとは思っていない。

脚本家の倉本聡が塾長を務め、脚本家と俳優を養成する「富良野塾」が閉塾する。
そして、昔の生態系に戻す活動に取り組む「自然塾」を新たに開講している。

きっと活動の内容は、素晴らしいものとは思うのだが、
どうして「塾」という言葉を使うのか私には分からない。

多くの大人たちは「塾」とか「会」に、とっくに飽き飽きとしているはずなのに、
複数の大人たちが集まると、なぜだか「塾」とか「会」が必ず復活してくるんだ。

私は、お客さんを「顧客」とか「メンバー」とか呼ぶことが大嫌いだし、
ましてや、「クライアント」などと呼ぶことは愚の骨頂だと思っている。

それと同じくらい「塾」とか「会」という人を見下したような扱いの言葉が大嫌いだ。
いい加減、この年になってまで「塾」や「会」に行きたいとはまったく思わないんだ。

間違いなく倉本聡は、素晴らしい脚本家だとは思うが、
どうせなら集合体の呼び名も脚色して欲しいと思った。

いくらそれらの内容が素晴らしいものであっても、
学習塾やお誕生日会くらいにしか思えないんだ。

本来のニュースの内容とはまったく違ってしまったが、組織の接尾語一つで、
薄っ平なものになってしまうと北海道の春を想像しながら、つくづく思った。



2007年04月06日

巨人が勝てないその理由


プロ野球の西武の裏金問題が毎日のように新聞に掲載されているが、
それに関する記事で思わず笑ってしまったことがある。

巨人の滝鼻オーナーは、不正の事実を公表しながら氏名を隠した西武調査委の報告書に
大いに不満を表した。

また、報告書で、同様の金銭供与が他球団にもあると示唆した点についても、
同様に大いに不快の念を示した。

そこが思わず笑ってしまったところだ。 

滝鼻オーナーは、当時の渡辺オーナーが辞任した04年の一場(現・楽天)問題にふれて、
「ウチは他球団のことを知っていても、一切言わなかった。アンフェアだ」と言い切った。

アンフェアとか、そういう問題なのか?と私は腹の底から笑った。

バカを通り越したおバカさんとしか言いようがないんだ。
戦う論点がまったく違うのに、本人も周りのだれも気づいていない。

西武の報告書よりも「アンフェアだ」と言い切った、
滝鼻オーナーの発言の方が大いに問題だと私は思う。

自分たちだけが損をしたと思っている古い体質の人間がオーナーである限り、
いつまで経っても巨人は、Aクラスにさえも入れないだろうと私は思った。



2007年04月05日

桜の樹の下の醜い人々


私の住む岐阜でも、桜が満開となった。

今日は、近くの桜の名所を通り過ぎたが、
まるで芋を洗うかのような人の数だった。

私は、別に桜を愉しみにしている訳ではないが、
ここまで混雑しているとなんだか興ざめをしてしまう。

それに醜い。

酒に酔って騒ぐ姿は本当に醜いんだ。
桜を愉しんでいる奴はまったくいない。

純粋に桜を愉しみたいという人からすれば、
酔って管を巻く連中が邪魔で仕方ないんだ。

いつも思うが、たった一週間しか咲くことができない桜にとっても、
醜い姿の酒臭い人間たちを眼下にすることは、さぞ不本意だろう。



2007年04月04日

いつまでも安定しない冠


昨日の続きのような話だが、それを外から見たイメージと実際の中身とは違うと思った。
プロ野球オールスターゲームの冠スポンサーに、中古車買い取りのガリバーが決まった。

昨年までは、三洋電機が冠スポンサーだったが、経営難のために撤退した。
ただ、まだオールスターといえば、サンヨーだというイメージが抜け切れない。

テレビのアニメの「サザエさん」のときも、随分と違和感があったものだ。
それまでは東芝だけの協賛であったのが、ある年から複数の企業が乗り入れた。

オールスターといえばサンヨーで、
サザエさんといえば東芝だった。

それが併せて一つのイベントや番組になっているとつくづく思った。
イベントも番組もスポンサーがなければ当然、成り立たないのだが、

それは運営したり制作するための資金面だけではなくて、
それを楽しむ我々の中にも根付いているんだと私は思った。

オールスターゲームのスポンサーは1年契約なので、
来年になれば、ガリバーからまた変わるかも知れない。

いつまでも冠が安定しないイベントが、我々の中に定着するとはまず思えない。



2007年04月03日

外目の印象と中身の実態


愛知県大府市にある中京女子大学に今年入学した約420人のうち、
その中の人文学部に6人の男子学生が混ざっている。

大学名に「女子」が付きながら、男子も受け入れる大学は全国でも初めてらしい。
ま、きっと辛いことだとは思うが、今回の記事を読んで外目と実態の違いをふと思った。

女子大という名前だから、男子が入ると違和感を感じるのだが、
世の中にある多くの企業は、外目と実態がほとんど違っている。

会社の名前のとおりの仕事内容だと思ったら、大きな間違いだ。
明治製菓は、チョコレートでなどは儲けてはいない。医薬品だ。

できるだけ世間に広く周知してもらえるような社名とか商品名を普通は考えるが、
本当に儲かっている会社は、外から見た印象とはまったく仕事内容が違うものだ。

社名が、外敵から逃れるためのカムフラージュのようにさえも思えてしまう。
よく言えば、最初に始めた業務から少しずつ進化したせいかも知れないが。

どちにしても今年、中京女子大に入学した6人には、
明治製菓の医薬品として頑張って欲しいと私は思う。



2007年04月02日

資源も品格もない悲しい島国


新潟市と浜松市が、おめでたく政令指定都市となった。

指定都市となると、都道府県とほぼ同一の財政上の権限を得ることができるし、
介護や福祉をはじめとして、多くの面で、都道府県の有する権限が委譲される。

それになるためには、諸々の条件があるとはいうものの、
早く言ってしまえば、人口が80万人を超えればいいだけなんだ。

間違いなく、新潟市も浜松市もそれを超えたんだ。
ただ、近隣と合併をして数を増やせばいいってものじゃないと私は思う。

政令指定都市になって喜ぶのは、一般の市民ではなく、
ごく一部の特殊な階層にいる人間だけだとも私は思う。

それに、どうせいつかは道州制になる訳だから、
政令指定都市である必要性が私には分からない。

日本は、島国だ。その中で権力の配分を変えてみたところで、
島の中の総エネルギー量は、まったく変わらないと思うんだ。

日本の中のどこがどれだけ権力を持ったところで、
資源のない島国が豊になる訳ではないと私は思う。



2007年04月01日

投票前の身近な公害


名古屋市の路上で、愛知県議選の街頭演説がうるさいという理由で、
選挙運動員の男性の腹に頭突きをした無職の男が取り押さえられた。

当然、それはいけないことではあるが、気持ちは分からないでもない。
私の自宅のすぐ近くでも、今の時期は次から次へと演説が始まるんだ。

申し訳ないが、下手な暴走族よりもタチが悪いと私は思う。
こちらは、やかましくて気が散って仕事ができないんだ。

部屋を密閉しても、それをあざ笑うかのように大きな声は聴こえてくるんだ。
たしかに、選挙は大切なことかも知れないが、こちらの仕事も大切なんだ。

それに、そんなに地元の有権者に訴えたいことがあるのならば、
常日頃からもっと足しげく地元民に近づくことができるはずだ。

今だけ、やかましいから真夏のハエや薮蚊のように、だれからも鬱陶しく扱われるんだ。
それに、どうせ講釈を垂れるなら、もっとパフォーマンスに徹してもらいたいとも思う。

同じような漢字の言葉を棒読みで羅列するだけだから、さらに鬱陶しく感じるんだ。
お金を払ってでも聴きたいような演説ができない奴に、我々の上に立つ資格はない。



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