ミジメなマスターベーション
私は、毎月ほんの少しずつだが、寄付をしている。
ある機関の銀行口座に月中に振り込んでいるんだ。
今までは、それがどこでどのように使われているかなど考えもしなかった。
きっと恵まれない人々の役に立っているのであろうとしか思っていなかった。
しかし、よく考えると、それは単なる自己満足にしか過ぎないと私は思った。
寄付をしている自分に、なにかしら責任を果たしていると思い込ませているだけだと思った。
極端な話、それがまったくの振り込め詐欺のような機関であって、
私の少しの寄付が間違ったことに使われているかも知れない。
それでも自分はだれかに寄付をしているからと満足するのは、いかにも滑稽だと思った。
ただしておけばいいということは、なにもしないのとまったく同じだと思った。
いくら自分の中で満足ができることであっても、
徒労に終わってしまうことは、やってはいけないと思う。
それをテレビの寄付に関するCMを観ながら、ふとそう思った。




コメント
うちは、たまに「ま、ほかのひとにあげてもいっか」と思ったときに、記憶に長く残らない程度に寄付します。
自分のためだ、ということは重々承知していますが、それで他の人のためになるならラッキー!位の気持ちです。詐欺に引っかかるのは癪なので、長期間にわたって活動している、ある程度名前のあるところしか寄付しません。
ま、世の中お互い様だってことでいいんじゃないかなあ・・・。
投稿者: 小岩聖子 | 2007年04月29日 22:42
寄付をするという行為だけで立派だと思います。それを突き詰めて行っても意味は無いんじゃないですか?極論、何に使われてようが寄付をしたという行為が大事なんであって仮にマスターベーションであったとしてもそれはそれでいいんじゃないですかね。突き詰めて行く方が時間の無駄だと思います。
投稿者: 上村健司 | 2007年04月28日 06:38