生きるために生きる
江角マキコの弟が、昨年の5月にガンのため36歳という若さで亡くなったらしい。
彼女の弟は、一昨年に胃ガンと診断をされると胃を全摘出した。一時は完治したが、
昨年の4月に脳に転移が見つかった。残念ながら帰らぬ人となった。
彼女は「今日がある。そんな当たり前のことが幸せです」と言った。
ごく当たり前のことだが、ここまで理解するためには、
身内が亡くならないことには、きっと理解ができない。
親を失うか、子を失うか、兄弟を失わない限りは、
今日があることに感謝をしようなどとは思わない。
言葉や活字で分かっていても、
腹の底からは理解していない。
私も、7年前に親父を失ったとき、
生きているだけで御の字と思った。
生きるために生きるということは、
身内を失ってからしか分からない。




コメント
薬剤師で誰よりも健康に気をつけていた母が階段から落ちて死んだ時、落ちてそのまま意識不明になって2日後に逝ってしまった。
この前、祖母がなくなって、兄弟以外は皆いなくなってしまいました。
生きるために生きるってのよくわかります。そして多分死ぬまで一人身だと思うので、人になるだけ迷惑をかけない「死に方」も考えてます。
投稿者: 種谷尚士 | 2007年05月22日 08:36
本当の気持ちは最愛の身内を亡くした者にしか分からない事ですよね。「ただ生きていてくれるだけで良かった。」という言葉の重さは悲しいという気持ちを通り越してどこにもぶつけようの無い怒りや悔しさに変わり、どうしてやる事も出来ない無力な自分を責めていました。これだけ医学が発達して来ているのに治す事の出来ない病があるという事に憤りを感じました。
投稿者: 上村健司 | 2007年05月22日 00:12