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死んでもやらなきゃいけないことはある


松岡利勝農水相が、自殺した。
随分と悩んでいたことだと思う。

大臣を辞任していたら…とか、いろいろ言われているが、
どっちにしたところで、亡くなってしまってからでは遅い。

彼に限ったことではないが、死んだらオシマイだ。
これは、間違っても楽になるという意味ではなくて、

もう楽しいことはなにもないという意味だ。
それどころか、死んでもやらなきゃいけないことはなくならないんだ。

苦しいことや辛いことがあってどうしようもなければ、
逃げればいい。だって、どうしようもないんだから。

ただ、それは自ら命を絶つということとはまったく違う。
死んでもやらなきゃいけないことはなくならないんだ。

だれでも一度や二度は、死にたいと思ったことはあるはずだ。
そこで本当に死んでしまうか、そうでないかの違いだけなんだ。

とにかく苦しいことや辛いことがあれば、
逃げれば済むことだ。死ぬよりはマシだ。

なにがあっても、だれかに殺されたとしても、
自ら命を絶つことだけは、最低だと私は思う。

心からご冥福をお祈りするが、
死んでもやらなきゃいけないことはなくならないんだ。


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コメント

えらそうにしてしまえばしまうほど、素の自分に戻れなくなっちゃうんでしょうね。
うそをつくならケツはふく覚悟がないといけませんよね。あらお下品な言葉ですみません。

謝り逃げでもよかったのに。。。
それとも誰かもっと・・・、他の人の為?

遺される親や妻や家族のことを考えなかったのだろうか。
その人たちは、元気に生きてくれること以上の望みはかけていないはずなのに。
辞めた後の誹謗中傷が怖いなら、どこか遠いところへ家族で引っ越したらいいのに。
有能な人だったかもしれないが、家族や命が大事であることに気付かなかったのは、なんと悲しい人生か。

そう。あの世に行ったら大好きな鰻も二度と食べられなくなっちゃうものね。 親が生きているうちは死ねないし、子どもが生きてるうちはもっと死ねないわ。

小学6年の時ですが、いじめられるほうだったので、悔しくて泣くこともありました。なんでこんなめにあってまで生きなくちゃならないんだ。何でこんな苦しいことばかりなんだと考えたとき、いじめてくる奴の顔を思い浮かべたら、なぜか「俺は絶対死なない。死んでたまるか。」と決意しました。結局、高校卒業まで、行動は変えなかったのでいじめられましたが、その決意だけは変えませんでしたし、今も変わりません。最悪、殺してでも生き残ってやると考えていました。今は少し違うけど。
そう、この前の長久手の立てこもり事件でも、あんな虫けら以下の犯人なのに、裁判や刑務所やで税金を使ってもらえるんです。生きているというただそれだけの理由で。
生き残ろうとすれば、活路はいつか必ず生まれてくると信じています。虫けら以下にも生きる術があるのに、五体満足で病気もない自分にもそれが備わってないはずがありません。
そう、考えています。

ほんとそうですよね。
どうしようもなくなったら逃げればいいと思う。
他人からどう思われようが知ったこっちゃない。その時々で評価なんてころころ変わるんだから。

『死』ってどんな事情があるにせよ、けっして自ら選んではいけない事だと思います。世の中には生きていたくても、それが叶わない人だって現実にいるんです。同じく心から冥福をお祈りしますが、自ら『死』を選ぶ行為は絶対に愚かな事です。

自らの意思にせよ、強いられていたにせよ、あの様な発言を繰り返さなければいけない状況は良心に照らし合わせて、死ぬほど辛かったのだと思います。自ら辞めるか、回りが辞めさせてあげればこんな事にはならなかったと思います。逃げるか、誰かが逃げ道を作ってあげればよかったと思います。

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