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殺す法律


今日も、すぐ目の前で事故があった。
私の自宅から見える場所で、自動車同士の事故があった。

今年に入ってから、すでに5件目だ。
警察に通報しても、おなじみの場所となっている。

しかし、信号が設置されない。
正確に言えば、設置できない。

この道は、最近になって新しく通った道なので、
その付近にある信号との距離が問題となるようだ。

信号機は、○○メートル以上離れていないと設置できない。
警察からは、そうあっさり言われた。

以前から設置されている信号機の場所よりも、
明らかにこちらの方が危険だと言うのに、

信号機まで既得権が発生するらしい。
延べにすると軽く10件以上の事故が発生しているのに。

道路交通法で定まっていると言っているが、
地域の住民の安全を守るのが法律だと思う。

「死人が出ればいいんですか?」と訊いてやった。
警察は、なにも言わず黙々と現場を計測していた。

たった一機の信号機があるだけで、事故は確実に減るだろうし、
最悪な結果の死亡事故は、限りなく発生しなくなると私は思う。

市民を守るべき法律のために事故は増え続け、
きっといつかはここでだれかが亡くなるだろう。

亡くす命は、1人でいいのだろうか。それでは足りないかも知れない。
一体、何人ここで死ねば信号機が設置されるのだろう?と私は思った。

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コメント

十年以上前、私の自宅目の前の道路に信号機が設置されたのも事故が起きてからでした。間近で事故を目撃してたのでよく覚えています。駐車禁止の標識だけ掛かった広いT字路、今考えると恐ろしい。
自分より下の年代の子や多くの人はきっと「気付けばあった」感覚でいると思うけど、今ではそこに信号機が無かったことが信じられません。
あの事故が起こらなくて信号機が設置されるのが遅かったらどうなっていたか、考えたくもないです。
何か起こらないと、動いてくれないってのはごもっともだと思います。

行政側が規則にとらわれず動くようになったら、そのほうがよっぽど危険でしょう。戦前戦中がまさにこの状態です。
法律は、立法府=国、地方の議員=われわれ選挙民が作っている、ということを片時も忘れてはいけません。あまりにも第三者的・評論家的です。
だから、県会議員に相談した方は正しい相談相手に正しい相談をした、ということです。

本日もご尤もやと思います。
本日は実に真面目に述べられており、より納得致しました。
信号機の設置、いつになるんでしょうかねぇ…。

実家の近くに同じような理由で事故が多い交差点に信号機が出来ました。
おばあちゃんは、町長に頼んでも隣町の国会議員に頼んでもダメだったけど、
再当選した地元の県会議員に頼んだらすぐできたと言ってました。
この議員の地区の信号設置数は他地区の5倍だそうです。

そのおかげで他の地区に信号が出来にくいのはこことが痛みますが
実家の近くで事故が減ったのは事実です。

公的なものは末端の警官や警察署に言うよりも
お金の動かせる人にお願いするしかないんだなぁと思いました。
騒音でしかない選挙の恩恵と思うと複雑な気持ちになりました。

結局、規則の中でしか行動出来ない腰抜け共は、自分の身内に事が起きないと、その重大さに気づけないんすよ。市民を守れない法律ならソッコーで変えるべきじゃないんですかね。

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